Dr. Amy Yaskoプロトコールによる改善ストーリー(日本)

SSくんのストーリー

 発達障害という言葉を知ったのは息子が2歳11か月のころ。下の子が生後3か月を迎え、昼間3人で外に遊びに出るようになったころです。同じ年の子が真正面から「遊ぼう」と近づいてくると、恐怖を覚え両手で突き倒していたのです。あたかも敵に襲われるような人と違った感覚が見て取れました。普段温厚な息子がなぜそんな行為にでるのか、なぜ呼んでも振り向かないのか、なぜオウム返しばかりなのか、ネットで検索してようやく気づきました。

 これは『自閉症スペクトラム』という障害だと。

 その後にあった3歳検診でも何も回答できず目も合わせない息子。個別相談室に呼ばれ療育を進められました。そしてそこからどん底の生活が始まりました。私は8キロやせ、下の子の授乳もままならない日々。生まれ持った脳の機能の障害と言われていたし、なぜ今まで気づかなかったのか、自分を責め続けていました。そこから障害福祉サービスに通うため、障害者受給者証も取得しました。

主人も私も落ちこんではいるものの、主人は改善させるための方法をネットで検索していたらしく、GFCFダイエットとビタミンBの摂取を提案してくれました。半信半疑ではありましたが、これら二つを行うことで息子に変化がありました。スーパーで大の字になって癇癪を起すことがなくなり、人を突き倒すことがなくなりました。ただ近所の子の輪に入っていこうとしても、友達の言っていることを理解できないので「だから…」「もう三歳なのにどうして言っていること分からないの」「やめてよ」と言われることは日常茶飯事。表情が読めないので顔を近くで覗き込んでは嫌がられていました。

 ABAの本を読んで私なりに話しかけも実践しましたが、ニュートリジェノミクスで改善してきたブログを見つけ、もしかしたら糸口が見つかるかもしれないと希望を持ち、エイミーヤスコの本を購入し勉強し始めました。

そこからたくさんのクリニックに電話をかけ、じゅん先生にたどり着きました。初診日にはTCA回路やカンジダの影響などの説明を受け、遺伝子検査等いくつかの検査を行いました。2か月後に出た結果では、SHMT(+/-)で腸を悪くしやすいこと、C677T(+/+)で葉酸の還元が30%しか行われないこと、VDR FOK(+/+)でビタミンDの合成がしにくいことなどが分かりました。そして、それに準じたサプリを指示いただき、摂取しはじめました。3歳の子がこの不味いサプリを飲むのは容易ではないし、費用はかかるし、どうしたものかとも思いましたが、この3歳という年齢がとても重要に感じていました。

 療育センターで、はっきり自閉症スペクトラムという診断がついたのは3歳3か月。遠回しに『治らない』とも言われ、早めの療育をと幾つかのコースが進められました。ニュートリジェノミクスを初めて間もないころでしたが、心の中では『絶対になおして見せる』と闘志を燃やしていたのが事実です。とはいえ現実は、このころまだ「うん」「うううん」「そう」といった言葉が出ず、コミュニケーションの基本がままならない状態でした。「オシッコ、ウンチどっち出た?」と聞くと、「オシッコ、ウンチどっち出た」というオウム返しの回答。

 0歳の妹の育児に加え、こんな会話すら通じない毎日。幼稚園入園を控え焦りもある中、一度私が息子の前で泣き崩れてしまったことがあります。「同じことを言わないで。お母さんは聞いてるの!」と。そのとき、彼も私の顔を覗き込んで一緒に泣いていました。言葉同様動作も真似をしているのかもしれないけれど、なんて答えたらよいか分からずに困っているようにもみえました。私が悲しんでいる顔を覗き込んで、この状況を悲しいと思っている、同じ感覚を共有できている、とギリギリのところで自分を鼓舞するしかありませんでした。自閉症スペクトラムの子を持つ母親たちは毎日こんなどん底の中にいるのかもしれません。

 考えてみれば昔は私が悲しい顔をしても関心がなくうわの空で、独り言をつぶやいたりテレビで見たセリフそのまま繰り返していたりすることが常でした。だから私の焦りの感情が先走っているだけで、3歳0か月から始めた食事療法とサプリの摂取は、ゆっくりではあるものの改善への手助けをしていたのだろうと思います。オウム返しは消えないにしろ、これらを続けて、落ち着きが出てきたことは次のステップにつながるよいきっかけになりました。以前は呼んでも気づかなかったからか、自分も息子の気持ちに深く入って会話をする気が無かったことに気づきました。グルタミン酸過多でGABAが足りていない結果ぼんやりした状態が続いていたのかもしれません。

息子を呼ぶと振り向くようになった、人の話すことに興味を持つようになったことをきかっけに、私も息子の面白がることを探して同じ目線で遊べるようになってきました。とはいえ遅延エコラリアは満載、セリフを読んだような口調で発展性のないごっこ遊びが中心でしたが、息子の笑顔が増えたことが嬉しくてどん底にいた気持ちは少し軽くなり、まだまだこれからだ、と心に思いながら息子を観察する日々を送っていました。

 少しずつ私と信頼関係が深くなってきたころ、簡単な質問をすると、言われたことは繰り返すのではない、自分の意見を答えるんだ、ということに気づいたようでした。トイレでも排泄後に中をのぞいて「オシッコは出た。ウンチは出てない。」と目で見たものを言えるようになり、そこからさらに数か月かけて「うん」「うううん」「そう」といった言葉が出てくるようになりました。幼稚園であったことも、質問すると少しずつ答えられるようになり、意味のないこだわりも減ってきました。

 ニュートリジェノミクスは一にも二にも腸の改善ですが、息子はいつも軟便でした。腸の改善と向き合うこと約一年、きれいなバナナウンチが出始めたころ、また一気に改善が見られました。CSA便検査で出ていた腸漏れの数値も下がり、ビタミンB12が漏れずに浸透され始めた実感がありました。血液生化学検査で出ていた麻疹、おたふくかぜ、風疹、水疱瘡抗体のとんでもない高値も10か月という短期間でぐっと下がりました。大気汚染、農薬も侮れません。現在農薬使用量が世界で第3位と言われている日本の農産物。野菜を市販の農薬除去剤に浸すだけで、油がぷがぷかぷか浮きうっすら膜が張るほどです。とはいえ森の中に引っ越し自給自足の毎日を送るわけにもいきません。これから先の長い人生、摂取せざるを得ない不必要な毒をきちんと自分の力で排泄出来る体にするためには、DMSAなど負荷をかけてウィルスや金属を出すのではなく自然なデドックス方法を実現することが大切です。うちの場合は、食事療法と適正なサプリの摂取を行うことで腸漏れが改善しビタミンB12がきちんと体に吸収されることで自然に回転扉が開きだしたようでした。

 

 ようやくCSA便検査で合格点が出てメタルRNAに入り始めたころ、療育センターで同じ医師による診断がありました。1年前とは違う、ハキハキと会話する息子の姿を斜め後ろから主人と私は座ってじっと見ていました。そしてそこで下された結果は『個性の範囲』という診断。もう通わなくて大丈夫ではないかと言われました。三歳になるときに自閉症っぽい感じが色濃く表れる子いるとかなんとか。良い方向に行きましたね、と。

 帰りの車の中で、つらかったけど必死に頑張った1年半を思い浮かべ、目頭が熱くなりました。まだまだ伸びるよ、楽しみながら頑張ろうね、って思いながらようやくスタート地点に立ち平穏な日々が始まったような気がしています。

 子供が生まれたころは、誰しも親は期待するし、自閉症スペクトラムという言葉を知らない方も多いと思います。一番大事なことは、その子のありのままを受け入れ、認め、愛すること、診断名をとってやると思う反面、辛い現実にぶつかるたびに、万が一ずっとこの子に診断名が残ったとしてもそれでも同じく愛しているし、この子にベストな道を一緒に探していこうと心のどこかに決めていました。診断名から逃げてはいけない。健常児しか知らない親の『大丈夫だよ』はまず信じない。専門の医師から見て診断名がくだるのであれば、おそらくその可能性は高いです。もしくは、その傾向が少なからずあるはずです。軽度であっても本人が成長して逸脱した感覚の違いや生きづらさを感じる前に、個性の範囲に入るラインまでもって行くことが出来るのならば、出来れば2歳、3歳くらいの早いうちから親が努力することが大切だと思うのです。

 エイミーヤスコの本は私の精神安定剤でした。不安な時は、治るんだ、治るんだ、と思いながら2,3ページだけでも就寝前目を通していました。じゅん先生にも何度もよく質問させていただきました。多忙な中、レスポンスの速さに感謝でいっぱいでした。親が本気を出さなければ子供に伝わりません。最初のころは周りの人にもサプリを飲んだり食事制限をしている話をしていましたが、「親として後悔ないようにやれることはやったほうが良いよね」とよく言われました。でも、自分の後悔が残らないためにやるのではありません。子供を本来の姿に戻すためにやるのです。今の日本でニュートリジェノミクスを実践して自閉症スペクトラムを改善させたいならば、まずは自分を強く持ち、しっかりと親が勉強することが大切ではないかと思います。

 とはいえ、私もふとした瞬間にとても不安になることもあります。検査代やサプリ代も値が張るし、保険適用でもない。息子は幼稚園に入り、いろいろな菌をもらって体調を崩すことも多く、病院での処方箋と毎日摂取しているサプリを一緒に飲んでよいのだろうかとどこにぶつけてよいか分からない疑問も多々出てきます。近くのクリニックでニュートリジェノミクスを伝えても不思議な顔をされるかもしれません。『生まれ持っての脳の機能の障害』を治そうとする考えがない医師が多いと思います。もちろん購入しているアメリカのサプリも知らないので併用するには基本的に自分で考えるしかありません。ただでさえ、血液検査でウィルスの抗体値を図りたい、カロナールは飲みません(自閉症児は肝臓でアセトアミノフェンを解毒しにくいため)、抗生物質も出来る限りなしでお願いします(腸の善玉菌も殺すため)、予防接種は全て単独で一定の期間を置きながら処方したいです、と良い顔はされないことが多いかもしれません。

これまでぶちあたった課題は一つ一つじゅん先生に相談したり、自分で調べたりしてどうにか乗り越えてきました。従えばよい道筋がある一般的な病気ならまだ安心ですが、現状ニュートリジェノミクスは子供をひたすら観察しながら模索し一緒に乗り越えていくことも多そうです。自閉症スペクトラムはどんどん増えています。国は療育に力をそそぐことも大事ですが、この分野の研究がもっと進んでくれることを切に願ってやみません。治らないと言われた子供でも将来立派に社会に貢献できる人間になる人が中にはたくさんいるのではないかと思うのです。

 3歳という大事な時期に迷っている時間はなく、近くのクリニックで予防接種の抗体値を図ってもらうなり、費用の掛からないGFCFから始めるなり、もし子供の発達に不安がある場合は何か出来ることから踏み出してみると良いと思います。

 現在息子は4歳9か月。幼稚園の友達の話も良くしてくれます。たまに先生が指示をいくつかまとめて出すと分からなくなり不安に陥るそうですが、パニックになることもなく、分からないときは先生に聞きに行くそうです。協調性も高いほうだと言われました。

覚えたテレビのセリフを一人でごっこ遊びで使っていますが『誰と話してるの?』と聞くと笑いながら恥ずかしそうに『なんでもない!』と言ったり、そのセリフが使われたテレビの場面を説明してくれます。テンションが上がるとついつい人の話を聞かずに自分の話ばかりしてしまう傾向があります。地図や、ものの修理やレゴが好きです。運動神経は良いほうで自転車もすぐ乗れるようになりました。富士山も登頂しました。感覚は全体的に過敏な方で興味のある虫も一切触れません。

 親の目から見て自閉症スペクトラルが完治したかと言えば、YESと即答してよいのか分からないけれど、今はこうした個性をもった息子と妹との平穏な毎日を楽しんでいます。

これからまだまだ続く我が家の歴史ですが、この体験談が同じ苦しみをもった親子さんの励みになれば幸いです。

 

SSくんの母

Aくんのストーリー 

 5歳6カ月になる息子は3歳児に自閉症スペクトラムと診断され、いまだに会話を交わすことができません。

 1歳になるころまでは目が合えば笑顔があり、愛嬌がありました。このころから風邪や下痢を繰り返すようになり、次第に笑顔がなく無表情になっていきました。その後、奇声や多動が目立つようになり、名前を呼んでも振り返らず、周りに無関心になっていきました。

 3歳児検診で発語がないことを指摘され、病院での療育を勧められました。週に1回のリハビリで行うことは、興味のあることを探して遊ばせることがメインであり、発語を施すような取り組みや体質の改善に取り組むような療法は皆無でした。

 自らインターネットでの検索やウィリアムショー博士、Drエイミーヤスコの書籍を読んで学ぶ中で自閉症を回復する方法があることを知り、取り組み始めたのが4歳になったころです。

 まず、取り組んだのが食生活でした。玄米食を取り入れ、朝食だけは玄米を食べるようにしました。GFCFダイエットに取り組み、醤油、味噌も小麦を使用しないものに変更、化学調味料も食事から除去し、砂糖の使用も極力控えるようになりました。

 その後、遺伝子検査とIgG検査を国内のラボに依頼し検査を行いました。結果をもとに、先ほどの本を参考に自閉症児に足りないとされるVB12や葉酸、プロバイオテイクスやミネラルを中心にしながらサプリメントの摂取を開始しました。なかなかカプセルを飲ませることができないため、中身を取り出し、溶かしたものをスポイトで飲ませ始めました。

食事を変えてすぐに変わったのが便の状態でした。以前は2日に1回のペースで硬い便でしたが、玄米に変えてから1日1回、保育園から帰ると決まってしっかりしたバナナウンチが出るようになりました。自閉症児は腸の状態が悪いことがどの本を読んでも書かれていたので納得でした。

 食事を変え、サプリメントの摂取を始めましたが、一番の問題は解毒をどう行うかでした。いろんなサイトや本を見たが、具体的な取り組みが分かりませんでした。

 そんなときに目に留まったのがARP (Autism Recovery Project) のサイトでした。Drエイミーヤスコの「自閉症回復へのみちしるべ」を参考にしてきた私にとってはプロトコールを正確に進める指標となりました。

 さっそくDr. Jun Suzukiに連絡を取り、状況を説明すると遺伝子検査をやり直したほうがいいとアドバイスを受けました。

理由は、国内のラボ検査が口腔内の唾液を検査したものだったため、血液検査の結果とは違う可能性があるということでした。検査代が高いため迷いましたたが、以前の検査結果では遺伝子変異がすべて分からないため、もう一度検査することにしました。検査結果が出るまでの間、TOP STEP ONEに取り組み、UTM、リーキーガット検査を受けました。

 現在、STEP2のメチレーション機能の向上に取り組んでいます。

遺伝子変異へのサポートを行いながら、VB12の許容量が最大になるようにサプリメントを摂取しています。CSA検査、GI Pathogen Plus Profileからクロストリジウム・デイフィシルの存在が検出されたため、バイオフィルムのプログラムとともに取り組んでいます。

 ここ2カ月ほどでうれしい出来事が続いています。TVやDVDを見ていて動物が現れると指さしをしながら名前を言うようになりました。また、登場人物のせりふを真似ていうようになり、はっきりではありませんが、主題歌を鼻歌のように歌うようになりました。

 目線が合うようになり、トイレに行く際も、「シッコ」と言いにきて、自分からいけるようになってきました。

 しっかりとした言葉で会話ができるわけではありませんが、プロトコールに取り組み始めてから改善してきていることを感じています。

しかし、就学を考えると焦る気持ちを抑えられません。1日も早くDMGの使用により発語を引き出し、メタルプログラムによる解毒に進みたいと思っています。

 今の子どもの状態は細菌・ウイルスに脳内を乗っ取られ、アニメの「インサイドヘッド」の主人公のように、自分自身をコントロールできない状態なのだと思うようになりました。プロトコールを進め、本来の息子の姿を取り戻すために今後も取り組んでいきます。

 

A君の父

ピカくんの改善ストーリー  

 先日、初めてJUN先生にお会いしました。お帰りになってから、あの頃にお会い出来ていれば、もっと治療は簡単だったろうに、という気持ちでいっぱいでした。

 7年ぐらい前、Amy先生の治療にチャレンジしました。うちの長男、ピカくんは、当時10歳でした。

 幼稚園では、虫が好きで、博士と呼ばれた時もありました。自由な感じの幼稚園だったので、思う存分虫取りもやらせてもらったと思います。しかし、朝、なかなか起きられず、体調があまり良くないときもあり、頑固でした。でも、勉強の理解ができないわけではなく、集団生活ができないわけではなく、友達もいましたし、ちょっと頑固な少年で、面白いやつ、という感じでした。

 体調が良くない時がありましたので、日本のサプリメント治療にいくつかかかりました。しかし、それは、あまり効果がなく、逆に、調子が悪くなってしまいました。思い起こしてよく考えますと、ビタミンBのコンプレックスをとったりした頃から、本格的におかしくなった気がします。その時、彼が言うには、いろんな過去のことが、次々、すごい速さで頭にぐるぐる浮かんできて、だめだー、とのことだったと思います。

 そして、さらにおかしくなりました。今考えれば、ビタミンEのソフトカプセル入りのものをとったのが決定的だったと思います。すぐに、おかしくなりました。

 忘れもしません、その後に、友達と市の温水プールに行って、帰ってきました。すると、急に、うわーっと言って暴れました。ハリケーンポテトという、油で揚げてあるポテトを食べたと言っていました。

 それから、油を取ると、怒りが爆発していました。頭がおかしくなって、別人格のようになっていました。相手の立場に立って考えるということができなくなりました。とにかく、勝手なのです。

 今、考えれば、アレルギーが原因だったのでは、と思いますが、その時はどうなっているのか、なぜなのか、全く分からない感じでした。証拠はありませんが、あとで思う私の感じで、脳の中の相手の立場に立って考えるというところの辺りが炎症になっていたのではないかと思います。

 夜になっていくとあばれまわっていました。朝は鬱な感じでした、夜になるにつれ興奮していって、止まらなくなり、寝られず暴れまわっていました。妹弟を殴ったりしても、手加減がなく、寝ている他の子供たちの上をまるでもののように踏んづけて、走り回っていました。捕まえていないと危ないので、私は、毎日、2時間ぐらい格闘し、捕まえて、押さえつけて寝かしていました。毎日、ヘトヘトになり、柵のある精神科へ入れなければならないだろうか、と、思ったりしていました。学校にも行けなくなりました。

 日本のサプリメントの治療にかかったことを悔やみました。自分の失敗と思ったので、責任を感じ、必死になって治療に取り組みました。あらゆる思いつく病院、精神科も行きましたし、アレルギーに思い当たってから、アレルギー科もあちこちいろいろ行きました。精神科も、アレルギー科もアレルギーで頭がおかしくなるということはない、と言われました。「食べると狂うのです」と言っても取り合ってもらえませんでした。アレルギーのものは次第に増え、とうとう、米、麦、大豆、牛乳、卵、牛肉、豚肉、鶏肉、油、どれだけかのフルーツを食べると悪くなるのもわかりました。

しかし、色々あたる中で、答えもなく、やはり、分子栄養学からの治療に解決の道があると思いました。

 そして、Amyの治療を拝見して、自閉症が治るんだったら、私の息子も治るんじゃないか、と思いました。そして、右も左も分からない中で必死にチャレンジしました。

 Amyのサイトを辞書を片手に、また、翻訳サイトに入れたりして必死で読みました。あまりにも分からなすぎでした。翻訳本も参考にはなりましたが、今日、今、何を摂って、何を摂ってはいけないかは、一つずつ丁寧に検討する他はありませんでした。基本的なことで、日本語で読めるものは、日本語の文献をあたりました。Holistic Health Internationalにも何度も何度も電話をかけ、何度も質問しました。窓口のKellyさんには本当にお世話になりました。私のつたない英語に辛抱して、よく付き合ってくださいました。感謝したいと思います。

 一つずつ、一歩ずつ進み、ある日、その時は、突然起こりました。その頃、その治療で、次第にピカくんはずっと良くなり、元気になり、もう、あまり怒ったりはしてませんでした。でも、違う人格になったのは変わりませんでした。それが、なんと一瞬、30分ぐらい、元のピカくんに戻った瞬間がありました!「パパ!今、一瞬、前のピカくんだったことない?!」しかし、また、悪くなるのです。でも、また、何日かすると元のいい感じの物分かりの良いピカくんになって、そしてまた、1時間ぐらいで戻る。で、また、数日すると、いい感じになり、とスイッチするのです。そしてそれが、1日になり、一週間になり、という感じで次第に長くなる、というふうに、スイッチしながら、本当に傷が治る感じで治っていきました。面白いのは、だんだん治るのでなく、パキッと切り替わるように治った、ということです。何かの機能を取り戻したのでしょうね。もう本当に、すっごい!ブラボー!!です。迷路の中の、細い細い解決への道を、迷いながらも辿り続けて、ついに出口へたどり着いたのです! 

 

 当時、わからないことばかりで、ほんとに苦労しました。毛髪検査、遺伝子の検査、尿検査、便の検査もし、かなりのものを取り寄せて試し、トライアルアンドエラーの連続でした。ピカくんの場合は、アレルギーもあり、ビタミンB系のものなど、使えない成分がたくさんある中、アシドフィルスなどの善玉菌で腸の改善をし、消化酵素、ミネラル、特にリチウム、グリシンなどのアミノ酸、ビタミンC、グルタチオンなどでの酸化の問題を改善、RNAの炎症、ストレス、神経を落ち着かせるもの、などを使うことが解決の鍵でした。RNAは高い免疫、低い免疫用なども含め、かなり色々トライはしてみました。

 日本で認識されていない、オーバーメチレーターの考えと、新しい成分をトライする時に、ほんの少量から、細心の用心をして投与していくことはとても大事と思います。このことが原因で、何年もかかる大きな失敗をしてしまった私が強く思うことがあります。Amyの、「どんな成分であっても、たとえB12でさえも、自分の子供は、それが致命的になる、たった一人の人かもしれない、」という言葉を肝に銘じる必要があると思います。

 加えて、摂ったサプリ、食事、やったこと、症状、態度とかを細かく記録することも非常に大事と思います。あとで、そこに解決へのすごいヒントがあったりします。子供さんの状態をよく観察することは大事と思います。アドバイスをもらうことは大事ですが、今日、何をどれだけ投与するかの最終的な決断は、やはり、子供さんの様子と、それをいつもよく見ていらっしゃる親御さんの直感と判断が一番答えに近いのではないかと思います。

 その後も、油などを取るとまた戻る感じで、少し悪い感じになりましたが、アレルギーは自然治療もやってすっかり治りました。

 そして、今では、サプリメントもRNAもちょっと体調が悪い時に多少とる以外は摂っていません。というか、忘れています(笑)。

 私どもの例で考えますと、誰にでも不具合になる可能性はあり、だれにでもAmyの治療は重要になり得ると思います。

 ピカくんは、今年、高校3年生です。なんと、今日は頑張って大学の入学試験に行ってます。結果はどうだかわかりませんが、頑張ってます。高校生活も、3年間とっても楽しみつくしました。部活も、弓道部に入って活躍し、友達もたくさんできました。3月1日にはめでたく卒業します。もう、感動ですね。当時のことを思うと奇跡に近いです。よく治ったと思います。ここに答えがある、と思い、辛抱してきて、本当に良かったです。

 今度はあなたの番です。Jun先生との出会いは奇跡です。先生がいらっしゃるので、先生があなたにとって、私の時よりずっと近道になる、良いアドバイスを下さると思います。きっと道はあります。あきらめないで是非チャレンジしてみてください。私は経験談と励ましはお伝えできると思います。子供さんをいつくしむ気持ちがきっと解決への道を開くと思いますから。

 

ピカ君の母